当館の調査・研究活動

養殖コオロギを餌として用いた絶滅危惧種のゲンゴロウ科2種の飼育方法

 

石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員、須田将崇、吉田航、水生昆虫研究者の猪田利夫博士の研究チームが、飼育下で増やした餌だけを用いた絶滅危惧種のゲンゴロウ科2種(ゲンゴロウ、マルコガタノゲンゴロウ)の幼虫の飼育方法について研究し、その研究成果が、アメリカ甲虫学会が発行する学術誌「The Coleopterists Bulletin」に掲載されました。

 

 

研究の背景

環境省レッドリストは過去30年間で4回改訂され、その度に水生昆虫の掲載種数は増加しています。このように水生昆虫が減少し続けている状態を鑑み、希少種が絶滅するのを防ぐために、生息域内保全や生息域外保全が実施されてきました。水生昆虫の幼虫には肉食性の種が多いため、生息域外保全を行う際には、多くの餌生物が必要になります。例えば、日本の絶滅危惧種シャープゲンゴロウモドキの幼虫は、1匹が成虫になるまでの間に餌のオタマジャクシを300匹以上消費します。この餌生物は、通常、野外から採集したものが用いられます。しかし、絶滅危惧種の昆虫の幼虫に餌を与えるため、生きた餌生物を野外から採取することは、非常に手間がかかります。さらに、採取しなければならない数が多いため、自然界に大きな負担をかけることになります。

もし、絶滅危惧種の水生昆虫を実験室で飼育された餌だけで飼育することができれば、餌を集めるために天然資源を損なう潜在的なリスクを取り除くことができます。このような方法は、持続可能な生息域外保全をする上で重要な貢献となるでしょう。

本研究では、飼育室で養殖したフタホシコオロギを餌として使用し、環境省レッドリストで絶滅危惧種に選定されているゲンゴロウ(註1)とマルコガタノゲンゴロウ(註2)の幼虫の生存率を調査し、羽化した新成虫の体長を野生個体と比較しました。

 

 

本研究で行った飼育方法

幼虫の飼育容器として、タイプA(直径8 cm、高さ4 cm、水深約2 cm)とタイプB(直径13 cm、高さ6 cm、水深約3 cm)の2種類の透明なプラスチックカップを使用しました。1齢幼虫は、両種の幼虫をタイプAに、2齢幼虫は、ゲンゴロウはタイプB、マルコガタノゲンゴロウはタイプAに、3齢幼虫は両種の幼虫をタイプBのカップで個別飼育しました。カップは、インキュベーター内で12時間点灯12時間消灯という照明サイクルのもと、27℃および50%の相対湿度に保ちました。

上記のような条件下において、両種の1齢幼虫には1日あたりフタホシコオロギ幼虫を2頭、2~3齢幼虫には1日あたりフタホシコオロギ幼虫を4頭与えました。1齢幼虫は1日あたり1回、2~3齢幼虫は1日あたり2回換水しました。1日餌を食べなかった3齢幼虫は上陸用の容器(粉砕したピートモスを深さ7cmになるように入れたプラスチック容器)に移動させました。

 

 

ゲンゴロウおよびマルコガタノゲンゴロウ幼虫の生存率

上記の飼育方法で25頭ずつのゲンゴロウとマルコガタノゲンゴロウの幼虫を飼育した結果、全ての幼虫が積極的にフタホシコオロギを捕食しました。幼虫期間中に死亡したのは両種ともに2頭のみで23頭が上陸に至り、幼虫期間を終えるまでの生存率はどちらも92%でした。新成虫が羽化するまでの生存率はゲンゴロウは68%、マルコガタノゲンゴロウは92%と、ゲンゴロウの生存率が少し下がりましたが、これはインキュベータ内の蒸れが原因と考えられました。

 

 

幼虫期間中に必要なフタホシコオロギ幼虫の大きさと数

ゲンゴロウの幼虫に与えたフタホシコオロギの幼虫の体長は、1齢幼虫に与えた個体が6.35~7.82 mm(平均7.06 mm)、2齢幼虫に与えた個体が14.82~18.85 mm(平均17.28 mm)、3齢幼虫に与えた個体が21.42~25.14 mm(平均23.77 mm)でした。マルコガタノゲンゴロウでは、1齢幼虫に与えた個体が4.07~5.95 mm(平均4.87 mm)、2齢幼虫に与えた個体が6.00~6.88 mm(平均6.48mm)、3齢幼虫に与えた個体が8.08~10.43 mm(平均9.16 mm)でした。

上記体長のコオロギを与えて飼育した場合、ゲンゴロウでは56~82頭(平均66.3頭)、マルコガタノゲンゴロウでは52~76頭(平均57.2頭)のコオロギを、幼虫期間中に使用しました。

 

 

フタホシコオロギだけを食べて羽化した成虫と野外採集した成虫との体長差

幼虫期間中にフタホシコオロギだけを与えて飼育した成虫と、野外から採集した成虫(実験に使った幼虫の親を採集した地域で採集)の体長を比較した結果、ゲンゴロウとマルコガタノゲンゴロウともに有意な差はありませんでした。

 

 

結論

今回の結果から、ゲンゴロウとマルコガタノゲンゴロウの幼虫の生存率は92%以上と高かったこと、フタホシコオロギだけを食べて成育した成虫は野外で採集した成虫と体長に有意差が見られなかったことから、フタホシコオロギの幼虫は両種の幼虫の成育に十分な栄養を供給していると考えられました。さらに、コオロギを幼虫の餌として用いる今回の飼育方法は、日本産の絶滅危惧種6種を含むゲンゴロウ属の他の種にも活用できる可能性があります。実際に、当館の飼育では、クロゲンゴロウ、トビイロゲンゴロウ、コガタノゲンゴロウの3種がこの方法で無事成虫にまで成育することを確認しています。

一方で、この飼育方法で羽化した成虫の寿命や産卵数についてはまだ研究できておりません。これらの点について野生個体と差があるのかどうか、長期的な比較研究を行う必要があります。

 

 

展望

今回餌として用いたフタホシコオロギは飼育繁殖が容易であるほか、各地のペットショップで購入できるため、多くの個体を簡単に入手することができます。このコオロギを餌として用いることにより、野外から餌を採集することなくゲンゴロウ属の飼育・繁殖が可能となるでしょう。当館を含めた昆虫館や博物館等では、ゲンゴロウの生体展示が行われているところが少なくありません。このような施設において、持続可能な生息域外保全や生体展示を目指し、野外の天然資源に影響を与えない飼育方法として活用されることが期待されます。

  

註1:ゲンゴロウは環境省版レッドリストにおいて絶滅危惧II類に選定されています。
註2:マルコガタノゲンゴロウは環境省版レッドリストにおいて絶滅危惧IA類に選定されているほか、『絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律』に基づく国内希少野生動植物種に指定されています。

 

論文情報

論文タイトル:Larval rearing methods for two endangered species of diving beetle, Cybister chinensis Motschulsky, 1854 and Cybister lewisianus Sharp, 1873 (Coleoptera: Dytiscidae), using laboratory-bred food prey

掲載誌:The Coleopterists Bulletin, 752号

著者:Kohei Watanabe (渡部晃平)・Toshio Inoda (猪田利夫)・Masataka Suda (須田将崇)・Wataru Yoshida (吉田 航)

 

論文ダウンロードページ:https://doi.org/10.1649/0010-065X-75.2.440