当館の調査・研究活動

絶滅危惧種タイワンオオミズスマシの飼育方法の開発に成功

タイワンオオミズスマシの成虫

 

石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員、齊木亮太学芸員、澄川智紀学芸員、吉田航飼育員が、絶滅危惧種タイワンオオミズスマシの飼育方法の開発に成功しました。本種が属するミズスマシ科には絶滅危惧種が多く、飼育の難易度が非常に高いために、継続的な世代交代を可能とする安定した飼育方法は世界的に見ても報告されていませんでした。

当館で常設展示をするために開発した飼育方法を紹介した論文が、イギリスの国際誌Aquatic Insectsに掲載されました。本研究で紹介した飼育方法は、タイワンオオミズスマシを含む世界の希少水生昆虫の保全に活用されることが期待されます。

 

研究の背景

近年、日本の水生コウチュウ目は激減しています。環境省版レッドリストに掲載された絶滅危惧種(絶滅危惧II類以上)の種数は、2007年には21種であったものが、2019年には52種と、2倍以上に増加しました。このうち、ミズスマシ科は特に危機的なグループで、18種/亜種のうち12種/亜種が同レッドリストに掲載されています。つまり、日本産種/亜種のうち約67%が絶滅の危機に瀕しています。

このような危機から希少種を守るために、生息域外保全(飼育下で種を存続させること)が行われています。水生コウチュウ目においては、ゲンゴロウ科などで飼育方法に関する研究が進められてきましたが、ミズスマシ科の研究は遅れていました。先行研究では、ため池などの止水域に生息するオオミズスマシ、河川などの流水域に生息するオキナワオオミズスマシなどの飼育方法が報告されています。例えば、止水性のオオミズスマシでは成虫に至るまでの生存率が40~64%と6割を超えているものの、流水性のオキナワオオミズスマシでは14%と非常に低いものでした。

本研究では、飼育が困難な流水性のタイワンオオミズスマシ(環境省版レッドリスト:準絶滅危惧、沖縄県版レッドデータブック:絶滅危惧II類)の飼育方法について、当館の成功事例を紹介しました。これは流水性のミズスマシ科の飼育方法として非常に優れており、世界中の希少な水生昆虫の飼育にも応用可能なものです。

 

研究成果

 

タイワンオオミズスマシの飼育方法の概要図

 

 飼育方法の概要は図の通りです。水生植物の葉に産卵した卵をろ過装置を使用した飼育システム(詳細は論文参照)の茶こしに入れ、孵化を待ちます。孵化した幼虫は個別に飼育し、アカムシやボウフラを餌として与えます。餌を食べなくなったら茶こしで蓋をします。蛹になるために陸上へ上陸するタイミングが訪れた幼虫は、茶こしを登ります。このタイミングの判断には、本来高度な技術や経験が必要ですが、本手法では目視で容易に判断できるため、幼虫を溺死させるリスクをほぼ取り除くことができました。この幼虫を蛹化させるためのカップに移すと、蛹室を作ります。蓋に蛹室を作った場合はそのまま、壁面に蛹室を作った場合は、蛹室が上にくるように向きを変えて固定します。新成虫が羽化して蛹室を脱出したら、1週間程個別で飼育します。

各成育期間における個体数および生存率

この飼育方法で飼育した結果、孵化した1齢幼虫のうち、3齢幼虫が上陸するまでの生存率は92%、上陸してから蛹化までの生存率は73%、新成虫が羽化して脱出するまでの生存率は69%でした。タイワンオオミズスマシの亜種、オキナワオオミズスマシを用いた先行研究では、新成虫までの生存率が14%であったことを踏まえると、飛躍的な向上と言えます。

今回の飼育方法の利点は、ミズスマシ科の幼虫が蛹になるために上陸するタイミングの判断をわかりやすく可視化できたこと、飼育カップの活用により霧吹きを行うことなく蛹の湿度を適切に保てたことなどが挙げられます。また、幼虫期間の換水が不要であることから、飼育労力も大きく軽減できました。そして、この方法を用いることにより、2022年1月時点で10世代の累代飼育に成功しています。

本研究では、飼育が困難とされるタイワンオオミズスマシの安定した飼育を実現しただけではなく、未成熟期の発生期間を正確に記録することにも成功しました。このように、効率的な飼育方法は、絶滅危惧種の知られざる生態の発見に貢献し、生息域外保全の実現に役立つ情報が得られるようになります。また、この飼育方法はミズスマシ科のほか、ゲンゴロウ科などにも活用できることから、世界中の絶滅危惧種の保全に寄与することが期待されます。

 

論文情報

論文タイトル:Rearing method for the endangered species Dineutus mellyi mellyi Régimbart, 1882 (Coleoptera: Gyrinidae)

掲載誌:Aquatic Insects

著者:Kohei Watanabe (渡部晃平),Ryota Saiki (齊木亮太),Tomoki Sumikawa (澄川智紀),Wataru Yoshida (吉田航)

論文ダウンロードページ:https://doi.org/10.1080/01650424.2022.2107676