当館の調査・研究活動

日本固有種ワタラセツブゲンゴロウの生活史の解明と産卵基質の比較

ワタラセツブゲンゴロウ(Watanabe & Uchiyama, 2023 より)

 

石川県ふれあい昆虫館の渡部晃平学芸員、筑波大学の内山龍人氏の研究チームが、日本固有種ワタラセツブゲンゴロウの飼育に成功し、本種の生活史や寿命、産卵基質について明らかにしました。さらに、本研究で明らかになった情報から、本種の生息域内保全について考察しました。

研究成果は、イギリスの国際誌「Aquatic Insects」にオンライン掲載されました。

 

研究の背景

近年、日本のゲンゴロウ科の多くが激減しています。その中でも、ツブゲンゴロウ属は減少が著しい分類群の一つで、環境省版レッドリスト2019が作られた当時に国内で記録されていた12種のうち、5種(約42%)が同レッドリストに掲載されています。

ツブゲンゴロウ属のワタラセツブゲンゴロウは日本固有種で、関東地方と東海地方にのみ分布しています。環境省版レッドリストには選定されていないものの、現存する生息地は極限されており、現状では絶滅危惧種に近い状況にあると考えられます。池沼や大河川周辺の水位変動のある湿地に生息することが知られていますが、その生活史は不明でした。また、ツブゲンゴロウ属の種は、植物の茎の中に産卵することが知られています。しかし、落ち葉が堆積する日陰の止水域に生息する種も存在することから、ツブゲンゴロウ属は生きた植物だけではなく、枯れた植物なども産卵基質として利用する可能性が考えられました。生活史や産卵基質の解明は、本種を保全する上で不可欠な情報です。

本研究では、ワタラセツブゲンゴロウを飼育し、生活史、寿命、産卵基質を明らかにしました。さらに、これらの情報を基に、本種の生息域内保全について考察しました。

 

研究成果

 

生活史

ワタラセツブゲンゴロウの未成熟期の成長期間や寿命等が初めて明らかになりました。

本種の幼虫期間をこれまで幼虫期間が知られている5種(ニセルイスツブゲンゴロウ、キタノツブゲンゴロウ、ニセコウベツブゲンゴロウ、コウベツブゲンゴロウ、ヒラサワツブゲンゴロウ)と比較した結果、本種の幼虫期間はニセルイスツブゲンゴロウに次いで2番目に長く、本種が属するコウベツブゲンゴロウ種群の中では、キタノツブゲンゴロウと本種の幼虫期間が最も長いことがわかりました。ワタラセツブゲンゴロウ、ニセルイスツブゲンゴロウ、キタノツブゲンゴロウの3種は、いずれも池沼に生息することが知られています。水量が安定した池沼に生息する種の幼虫期間が長いという結果は、「繁殖地の水域が安定している種ほど幼虫期間が長い可能性がある」という先行研究の結果を支持するものでした。

野外の生息地では、2020年7月21日に新成虫が採集されたこと、本研究で得られた未成熟期の合計期間等から、自然環境下では4月下旬以降に繁殖が始まると考えられます。

(1)繁殖しない、(2)越冬しない(1年中活動)、(3)成虫を個別に飼育、という3つの条件で生理的な寿命を調べた結果、成虫が蛹室から脱出してから2年以上(今回の実験では最大762日生存)生きる可能性があることが示唆されました。したがって、成虫が出現した翌年から繁殖を開始すると仮定すると、ワタラセツブゲンゴロウは最大で2回の繁殖期を生き抜く可能性があります。国外に分布するツブゲンゴロウ属のある種の寿命は、野外調査の結果から約1年と推測されています。寿命の調査方法は異なるものの、ツブゲンゴロウ属の種はこれまで考えられていたよりも長生きする可能性があります。一方で、寿命に種間差がある可能性は否定できないため、今後同じ方法でより多くの種の寿命を確認する必要があります。

 

産卵基質の比較

 

流木に産卵するワタラセツブゲンゴロウ(Watanabe & Uchiyama, 2023 より)

 

ゲンゴロウ科の中では、ゲンゴロウ属とゲンゴロウモドキ属で産卵基質の選好性に関する研究がなされてきました。ゲンゴロウ属は内部がスポンジ状の植物、ゲンゴロウモドキ属は内部が空洞になっている植物を産卵基質として好むことがわかっており、好みの違いは産卵行動の違いによるものと考えられています。つまり、ゲンゴロウ属は大顎で植物の茎を齧った後にその穴から産卵し、ゲンゴロウモドキは産卵管を直接植物に差し込んで産卵します。ワタラセツブゲンゴロウの産卵行動はゲンゴロウモドキ属に似ており、産卵管を植物に直接差し込んで産卵しました。さらに、ワタラセツブゲンゴロウは、水生植物だけではなく、抽水植物、水に浸かった陸上植物、流木にも産卵し、幼虫が無事に孵化することも確認されました。ツブゲンゴロウ属の成虫は水生植物の組織内に産卵することが知られていましたが、実際にはより多様な産卵基質を利用することが明らかになりました。特に流木や枯れた植物に産卵し、それらの卵が孵化したことは特筆されます。

ツブゲンゴロウ属は、ゲンゴロウ科の中でも2番目に種数が多い属です。世界に分布するツブゲンゴロウ属の中には、一時的にしか存在しない水域に生息する種も多く知られています。生きているか枯れているかに関わらず、多様な産卵基質を利用できるということは、様々な水域において繁殖成功率を高めることに寄与している可能性があり、ツブゲンゴロウ属の多様性の高さは、このことと関係があるのかもしれません。

 

本種の生息域内保全について

ワタラセツブゲンゴロウは池沼に生息しますが、水位変動のある湿地に依存した種とも考えられています。このような環境は開発等により減少しており、近年本種が確認されているのはラムサール条約に登録されている渡良瀬遊水地周辺に限定されています。このような現状を鑑みると、本種をレッドリストへ追加すること、保全対策の検討は急務と考えられます。

本研究では、本種の生息域内保全に向けて2点の保全対策を提案しました。一つ目は、本種の産卵基質となる植物(水生植物、抽水植物、水に浸かった陸生植物)や流木等の維持です。水域周辺の枯れた植物や流木を過剰に除去することは、本種の産卵基質の喪失につながる可能性があります。特に、ハンゲショウ、イヌタデ属の一種、オギ(生きたものと枯れたもの)、流木は実際にワタラセツブゲンゴロウの生息地に存在するため、産卵基質として重要です。二つ目は、繁殖期には最低でも45日以上(2ヶ月以上が望ましい)水域を維持することです。卵と幼虫は水中で成長することから、これらが育つまでの間は水位を保つことが必要です。

本種を適切に保全するためには、野外における繁殖期間や蛹の生息地の特定など、さらなる研究が求められます。

   

論文情報

論文タイトル:Life history of Laccophilus dikinohaseus Kamite, Hikida, and Satô, 2005 (Coleoptera: Dytiscidae) and its preferences for oviposition substrates

掲載誌:Aquatic Insects

 著者:Kohei Watanabe (渡部晃平),Ryuto Uchiyama (内山龍人)

論文掲載サイト:https://doi.org/10.1080/01650424.2023.2251456